■6■
「なーんか。 ぽこぽこ倒れてる人がいるけどみんな生きてるから間に合ったってことでOKよね?」
クラウスさんの場違いな明るい声が洞窟内に響く。
「あの時のローブ女・・・? ハっ!今更何の用だ?お前が裏切ったせいでコイツらボロボロだぜ?」
ビスカは彼女・・・いや。
彼が『クラウス・ゼファー』だということに気がついていないらしい。 相手を自分より格下と決め付けているらしく、余裕たっぷりに挑発する。
「そう・・。目的の為には尊い犠牲も時には必要・・・!私も辛かったわ・・・。」
クラウスさんは芝居がかった口調で目に涙を浮かべ、ローブの端を目頭にあてる。 その言葉にビスカは眉をひそめる。
「目的…?」
「そ。『目的』よ。」
泣きまねをしていたクラウスさんが顔をあげ、にぱっと笑顔になる。
「というわけで。あんたたちが隠し持ってた魔物笛はぜーぶん私が処分しちゃった♪」
「な…っ!?処分だと!?どういうことだ!!」
『魔物笛の処分』という言葉にビスカは思わずナイツに振り上げていた短剣を下げ、クラウスさんのほうに向き直る
「どういうことって・・言葉どおりよ?ぜーんぶ燃やしちゃった。 あの後さ、あなたの子分さんが私の美しさに負けて隠し場所教えてくれたのよー。 これでもう商売はできなくなっちゃうわねー。残念でしたー。」
予想外のことに動揺を隠し切れないビスカ
「な・・・・!? てめえ・・金に目がくらんで仲間を裏切ったんじゃ・・・・?」
「裏切る?」
その言葉に、クラウスさんはくすくすと笑う。
「やーね。そんなことするわけないでしょ。 なんせ私のモットーは愛と信頼と努力なんだから。ま。お金も好きだけど。」
人差し指を口もとにあて、ぱちりとウインクする。
「ふざけてんじゃねぇぞ・・?」
クラウスさんの態度にビスカは怒りをあらわにする。 そんなビスカを全く気にするそぶりも見せず、クラウスさんはけらけらと笑いながらビスカに近づいていく。
「てめぇのつまんねぇ冗談に………。」
ビスカの手元がキラリと光る。
「付き合ってる暇はねえんだよっ!!」
隠し武器! 手元から出した数本のナイフをクラウスさんにむかって投げつける!
「あ。そうそう。」
しかし、クラウスさんは歩く速度はまったく変えずに、羽織っていたローブに手をかけ
「何っ・・・!?」
次の瞬間、投げつけられたナイフはすべて広げられたローブによって絡められ、地面にバラバラと落ちる。
「愛と信頼と努力がモットーって言ったけど。おたくさんにはさっき嘘ついちゃったね。」
クラウスさんはそのままローブを今度はマントのように羽織り、女装を解く。
「何者だ・・てめえ・・・?」
ビスカはもはやオレたちは眼中にないらしい。 自分の直線上にいるクラウスさんにのみ目を向ける。
「クラウス・ゼファー。通りすがりのただのトレジャーハンターですわ。」
そうニヤリと、いたずらな笑みを浮かべて答えたクラウスさんの声は地声に戻っていた。 そしていつの間に手にしたのか、さきほど投げつけられたナイフの1つをビスカに投げ返し、再び歩みを進める。
「お前が・・クラウスだと・・?」
ビスカはナイフを片手で受け止める。
「あ。覚えなくていいけどね。」
ビスカとクラウスさんの距離はすでに1メートルもない。張り詰める空気・・!
「・・・ちぃっ・・!」
クラウスさんの気配に押されたのか、反射的に後ろへ大きく下がるビスカ。
しかし、クラウスさんはビスカの元で倒れていたナイツを小脇に抱えるとクルリと背を向け、オレとライアのもとへと歩いていく。
その背は一見隙だらけに見えるが、先ほどのクラウスさんの動きで相手の力がわかったのだろう。 ビスカは動かず、クラウスさんをただ目で追いかけるだけ。
クラウスさんはオレとライアの側まで来ると、どさりとナイツを下ろした。
そして倒れているオレに向かって
「ちょっとシュガーちゃん。 こんな可愛い女の子にひざ枕されてるなんてうらやましいねぇ。 俺もお願いしちゃおうかなー。」
「何者だ!?」
警戒するライア。 その様子に、クラウスさんはぱたぱたと片手をふりつつ
「あ。俺、怪しいもんじゃないから。味方味方。 シュガーちゃんの知り合い?ていうかお友達っての? うん。まあそんな感じさ。」
本人はさわやかな笑顔を浮かべているつもりかもしれないが、 はっきりいってこの状況では立派な怪しいやつである。
「で?おたくらはお友達が体張ってる間に何してるわけ?」
こつんと。ライアの頭をこずくクラウスさん。
「なにって・・・・! こいつが・・ビスカにやられて重症で・・・・!」
「重症ねえ・・。」
クラウスさんは頭をぽりぽりとかきつつ、倒れているオレに視線を落とし
「コラ、シュガーちゃん! お友達が必死に戦ってるのに、何一人でお寝んねしてんのよ。 起きろっての!」
べしっとオレの頭をはたく。 ライアはクラウスさんの行動に驚き―
「・・!?何を・・・!?」
抗議するライアを無視し、クラウスさんはオレの懐をまさぐる。
って・・・何するんだこの人!??
やっぱりあっちの気が・・・・!?
「あったあった。」
オレの胸のあたりで何かを見つけ、とりだす。
手に持っているのは・・・
「ロスト・・・・!むぐ!!!」
クラウスさんの手にしたものを見て、オレは無意識に起き上がり、声をだす―― が、口をふさがれ、言葉が最後まで言えない。
「バカ野郎。むやみにその名を口にだすな。」
珍しく怖い顔をするクラウスさん。 その迫力にオレは口を押さえられたまま思わずこくこく頷く。
「これがシュガーちゃんの命を助けたみたいだねぇ。知ってんだろ? これがどういうものか。」
クラウスさんが手にしたもの。
――
ロストストーン
オレの師匠。エスト先生が、オレと同じ現役のトレジャーハンターだったころに見つけたものだ。
伝説のお宝、『神の遺産』への唯一の手がかり。 世界にいくつか散らばっていて、すべて集めると『神の遺産』への道が開けるらしい。
だけど、それがオレの命を助けたってどういうことだ?
きょとんとしているオレの顔を見たクラウスさんは呆れたため息をつき。
「よくわかってない。って顔だね。 シュガーちゃんさ、重症なわりには今結構普通に動いたよね?」
「え・・?」
言われてみれば確かに。 オレは自分の体をパタパタと触る。 あれ・・・?
「なんともない・・だろ?」
オレの心を代弁するクラウスさん。
「いや!でもオレ確かにあいつの怪光線に撃たれて・・!」
「シュガーちゃんさ。 こんなレベルの高い『プレシャス』持ってて何にも知らないなんてトレジャーハンターとして常識なさすぎ。 まさに宝の持ち腐れってやつよ。」
「う・・・・・!」
そう言われてオレは言葉に詰まる。
確かに・・・言われてみればオレはロストストーンのことをあまり知らない。エスト先生から預かった大事な石としか考えてなかった。これがいったいどんなもので、どれぐらい貴重なものなのか。今まで人から教えられるばっかりで自分から調べたことなんてなかった。
――
あのなぁ。本一冊読んだだけでリサーチ終了か・・?
少し前に、エスト先生から言われた台詞が頭のなかで再生される。
はあ・・・・。
しゅんとため息をついたオレを見てクラウスさんはぽんぽんと肩を叩いてくる。
「まあ、いいさ。じゃあ俺が今教えてやるから覚えておけよ? コイツはさ。『あれ』を見つける手掛かりでもあるけど、それと同時に協力な魔法のサポート道具でもあるのさ。」 「魔法のサポート道具・・・?」
オウム返しに聞き返すオレ。
「そ。普通魔法って詠唱と同時に発動させる為にその魔法のイメージをしなきゃいけないだろ?こりゃもう生まれ持った才能だから俺なんかそのイメージ力がないからあんまり魔法は得意じゃないわけ。 シュガーちゃんも確か魔法使えなかったよね?」
「ああ。コイツはイメージ力がない上に魔法詠唱も覚えられん残念な知能だ。」
オレの代わりに答えるライア。 ・・・って!残念な知能ってなんだ!
「でしょ?だけどこの『石』はさ。そんな子でもイメージ力を増幅させて詠唱ナシで魔法を発動させちゃうわけ。 さっきのシュガーちゃんみたいにね。あの光線が当たる瞬間。身を守ろうとしたろ?」
「あ・・・・!」
言われてみれば確かに。あの瞬間オレは間に合わないとはわかりつつも、何とか身を守ろうとしたことを思い出した。
「シュガーちゃんがとっさに思った『身を守りたい』って気持ちをこの石が魔法として具現化させたわけ。 だけど、もともと魔法使う才能ないヤツが無理やり魔法使ったんだ。その反動が体に来てぶっ倒れたってわけさ。 まあ、シュガーちゃんの様子を見るところ、精神的ダメージみたいなもんだからわりとすぐ復活するみたいね。」
「なるほど・・・。」
あの時胸の辺りが熱くなったのはロストストーンが力を出してたってわけか。 オレはクラウスさんの言葉に納得する。
「精神的ダメージですって・・・・・・?」
いつの間に気がついたのか、オレたちの話に反応して声を上げたのは倒れていたナイツ。ずるりと、まるで昔話にでてくるお化けのように、ナイツは匍匐前身でオレへすがりつく。
「じゃあ君は別に怪我したわけじゃなくて、無理やり魔法使った反動でただ倒れていただけと・・!?」
「うん。そうみたい。」
えへ。と頭を掻きつつ答えるオレ。
「なんです・・・・っ!?」
その答えに、怒りに立ち上がるナイツだったが
ばぎぼきべきばき
「う゛!?・・いだだだだだだーー!?」
全身から非常に痛い音を立てつつ、再び地面に倒れふすナイツ。
「無理しないほうがいいって。シュガーちゃんのお友達その1。 いくら回復魔法使ったからってあの魔導兵器の攻撃なんども受けてんだから。」
倒れてぴくぴくしているナイツの背をばしばしと叩きながら話すクラウスさん。 いや。それはトドメじゃないのか・・?
「まあ。この『石』の力はあんまり多様しないほうがいいけどね。 これがどういう原理でそんな芸当が出来ちゃうのかわからないし、ある程度魔法が使えるヤツがこの石つかって暴走してエライことになったって話も聞くしね。」
魔法が暴走・・・? あれ?そういや、そんなような話を確かどっかで誰かから聞いたような・・・? そこまで言い終わると、クラウスさんは手に持っていたロストストーンを無造作にオレに突き出す。
「ほい。返しとくわ。 にしてもシュガーちゃん油断しすぎよ?俺が超いい人だから返してあげるけど、これ狙ってるトレジャーハンターはごまんといるぜ? もっと警戒しないとねぇ。」
「ありがと。」
オレはクラウスさんからロストストーンを受け取とろうと手を伸ばし
「だけどこれ、すごいものだとは思ってたけど・・そこまでとは思わなかったよ。 これはさ、オレにとってはエスト先生からもらった卒業の証なんだ。」
その言葉に、急にロストストーンを持つクラウスさん手に力がはいる。
「エ・・スト・・・・?」
あれ・・?ロストストーンが取れないんですけど・・・?
「あの・・・。ちょっと・・・?」
なぜかロストストーンを離してくれないクラウスさんを不審に思い、その顔をのぞくと、彼の表情が引きつって固まってる。 はて・・?
「エスト・・・って・・・まさかルーン魔法学校の・・・・?」
ぎぎぎぃとぎこちなく言葉をつむぐクラウスさん。
「そ・・・そうだけど・・・?」
オレは全力でクラウスさんの手からロストストーンを引き剥がそうとするものの、相変わらずの馬鹿力のせいでビクともしない。
「シュガーちゃんの先生ってあのエストー!???」
そう叫ぶと、クラウスさんはがばっと立ち上がる!
「あ・・・!!ちょちょちょちょっと・・!」
そのままひっぱられるオレ。 クラウスさんはオレの肩を掴み、ぶんぶんと揺らしながら
「エストっていつもニコニコ笑ってる人の良そうな童顔男で! だけどその実は手加減をしらない極悪非道な冷血男! 笑顔で人に向って攻撃魔法ぶちかます悪魔のことだよな!???」
へ・・・・?
「い・・いやーー?エスト先生は確かに怒ると怖いけど。普段は優しいよ? 魔法の授業もいっつも根気よく教えてくれたし。結局わかんなかったけど。」
きょとんするオレにクラウスさんは首をぶんぶんと振り
「いーーや!!あいつは悪魔だ!! はっ!??じゃあこれってあいつが見つけたっていう『石』か!??? あんにゃろう!ちょっと俺が興味本位で封印解こうとしたら本気で攻撃してきやがったんだぜ!?しかも俺が泣いて謝るまで許してくれなかったし!! あの屈辱!忘れてなるものかー!!」
過去の敗戦を熱く語るクラウスさん。 泣いて謝ったんかい。いい歳して・・・。 クラウスさんの豹変にあっけに取られるオレとライア。
「決めた。」
そういうと、クラウスさんは邪悪なオーラを背負ってオレをひたと見つめる。
「やっぱこの石返してあげない。」
「な・・・・っ!?ちょっと!何言ってるんだよ!?」
オレは慌ててクラウスさんからロストストーンを奪おうとするが、軽く受け流される。
「エストの教え子って聞いたらねぇ?師匠に恨みを返せないなら弟子に仕返ししてやるんだもーん。」
そういうとプーと顔を膨らませる。
「はあ!?子供かっ!?アンタっ!!」
「子供で結構ですー。」
あかんべーをするクラウスさん。マジでこの人ガキだ!!女装趣味な上にガキ並みの思考回路かっ!
「まあ、ね?俺はあいつと違って優しいから、チャンスをあげないこともないけどね。」
そう言うと、またあのいたずらな笑みを浮かべる。
「チャンス・・・?」
「そう!テストと行こうぜ?この『石』を持つだけの実力があるかどうか、さ? もしあんたら3人であの魔導兵器を倒すことができたらこの『石』は返してやるよ。 要は俺の仕事をあんたら三人が代わってやってくれってこと。悪い話じゃないよねぇ?」
「な・・・!?ちょっと待てって!アイツはさっき散々戦って・・・・!」
「動き、見えなかったの?」
言いかけたオレの言葉をクラウスさんがさえぎる。
「え・・・?」
「教えてあげたっしょ? 動きが見えるやつとは戦えるレベルだって。」
「あ・・・。」
オレはこのアジトに入る前にクラウスさんに言われた言葉を思い出す。
「あいつの魔法無効化の理由もわかってんでしょ? じゃあ後は皆で力をあわせたらなんとかなるんじゃない? そんなこと言ってる間に、ほら。」
そういうと、クラウスさんはクイと後ろを指す。
「海賊さん、魔導兵器また動かせるようにしちゃってるし。」
見れば、すでにビスカがナイツの作った氷の牢から『ダークナイト』を外に出していた。 今まで攻撃してこなかったのはクラウスさんの実力を恐れてだろう。 ビスカ自体がどれだけの実力があるのかはわからないが、あの一戦でクラウスさんの実力はわかったらしい。
「てなわけで、よろしくね♪ 俺はこっから観戦させてもらうわ。」
そういうと大きくジャンプし、手近な岩場に腰掛ける。
「ちょ・・ちょっと待ってて・・・!」
慌てて追いかけようとするオレを、『ダークナイト』の足音が踏みとどめる。
がしょん!
「よう・・。事情は知らねぇが・・あいつは手を出さねえでお前らだけで戦うわけだ?」
ビスカの操る『ダークナイト』の目が光る。
「なめられたもんだぜ!!!」
ちゅん!
『ダークナイト』から放たれた怪光線はまっすぐにオレたちにむかってくる! オレはとっさに体をひねり、後ろにいたライアは倒れていたナイツを抱えて、なんとか避ける!
「ああ。ライアちゃんに抱えられるとは幸せです・・・!」
「そんなこと言ってる場合か。」
のんきに感動するナイツの頭をぺしりとはたくライア。 見ればナイツは再び自分に回復魔法をかけている。動けるまでもう少しといったところか・・。
「くっそー!こうなったらヤケクソだぁー!!」
オレは腰の剣を抜き、構える。
「ヤケクソはダメっていったじゃん。」
背後からツッコむクラウスさんの声。
「う・・・・!わかったよ!ヤケクソじゃなくてちゃんと考えて戦えってんだろ!?」
「そ。よくわかりましたー♪」
笑顔で拍手を送るクラウスさん。 なんか・・エスト先生と被って見えるな・・・。 って今はそんなこと考えている場合じゃない!
オレは剣を構えつつ思考をめぐらせる・・。
さっきナイツが戦っていた時に、あいつの弱点は兜部分にある覗き穴ということは解ってる。だけど、いざとなったらあいつはさっきのように『ダークナイト』を乗り捨てることも可能なわけで・・・。 それに、オレたちが覗き穴を狙ってくることはあいつもわかってるはずだ。 バカ正直に正面から向かって行って通用するとも思えない・・!
だからって今は他にあいつを倒す方法は見当たらないし・・
「ライア!」
オレは視線は『ダークナイト』に向けたまま、背後のライアに声をかける。
「さっきのナイツみたく覗き穴を狙いたいんだ! アイツに魔法が効かないのはわかってるけど・・! なんとか隙だけでも作れないかな!?」
しばしの沈黙。
「隙・・でいいなら・・!出来ないこともない。」
返ってくるライアの答え。
「あんがと!頼りにしてるぜっ!」
オレは軽く深呼吸し、剣を握り直す。
「じゃあ・・・行くか・・・!」
目標は、『ダークナイト』の兜部分。 力強く大地を蹴り、オレは駆け出す。
後ろにいるライアの援護を信じて・・!
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