■2■

 

「学校からの卒業の証が渡せないのは残念だが・・これは私からの卒業の証だ。」

涙で歪む映像。
先生の顔はぼやけていて、緑の髪と、いつもの制服姿がぼんやりと見えるだけ。

笑顔で行かなきゃ先生が心配するじゃないか。
ああ。ダメだ。涙が出てくる。
先生は男のくせに泣くんじゃないと、オレの頭をくしゃくしゃとなでる。
 
ロストストーン。
 
エスト先生からもらった卒業の証。
何があってもこれは護らなきゃいけない大事なもの。

そして、オレの目標。『神の遺産』への大事な手がかり。
 
卒業式前日、『ルーン魔法学校』から一人で旅立ったあの日、学校裏のクロエラ山から見た景色は、見慣れたはずなのにすごく違う世界に見えたのを覚えてる。
 
あんなに待ち遠しかった旅立ちの時なのにこんなに不安なんて・・
 
そうだ。忘れてた・・。
一人って怖いものだったんだ。
 
一人は嫌だ。一人は・・
 
 
 
 
 
ぴちょん
 
「う・・・!冷て・・・。」

頬にあたった水滴のおかげでオレは目を覚ました。
気がつくとオレは冷たい床に転がっていた。
もやもやする頭をふりながら、オレは起き上がる。
えーと・・・どうしてこんなところで寝てたんだっけ?
 
記憶がフラッシュバックする。
 
「そーだっ!!オレ・・・ドラゴンに捕まって・・・。」
 
と同時に浮かぶ二人の顔。
 
 「ナイツ!ライアっ!?」
 
あわててオレは立ち上がり、辺りを見回したが、目に映るのは冷たい岩肌のみで
見慣れた二人の姿どこにもない。
 
オレは気を失う前に見た、ぐったりとしたライアのことを思い出すと
いてもたってもいられなくなる。
 
「くそ・・・!何がどーなってるんだよ・・!」
 
焦りと不安からオレは頭をかきむしる。
とにかく、落ち着け。
そうだ。先生が言ってたじゃないか。
周りが見えなくなる事は一番危ない事だって。
とにかく、冷静になれ。
 
オレは自分の額を一発殴る。
 
・・痛い。だけどおかげで少し落ち着いた。
 
オレは大きく深呼吸すると、もう一度周りを見渡す。

どうやら洞窟の中みたいだ。
あのドラゴンの巣だろうか?
・・だけど、それにしては随分小さい気がする。
あんな巨大なドラゴンだ、いくらなんでも近くにいればオレだって気配ぐらいわかる。
 
それに、よく見れば人が2、3人行き来するくらいの、まるで何かの通路みたいだ。

 
「あれ?」
 
オレはある違和感に気がつく。
そういえばなんでオレ周りの景色が見えてるんだ?
外からの光があるわけじゃない。
なのに、はっきり・・とまでは言わないが、ある程度先まで何があるかくらいは見えるのだ。

「そういえば・・こんなことが出来る魔法があったよーな・・・?」

オレはほぼ寝てばかりだった魔法の授業を思い出す。
 
そうだ・・前にエスト先生が教えてくれたじゃないか。
黒板に書かれた詠唱呪文。
先生はよく実演しながら教えてくれたっけ・・
 
オレの記憶の中のエスト先生が語りだす。

― このように、光の魔法は明るさを調節することによって生活にも、戦闘にもいかせるので便利だぞ。
 


・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・ん!?
 
これ・・もしかして授業終わりの言葉じゃないか・・・?
 
ああああ!!肝心の授業内容は聞いてなかったのか!?オレっ!!
 
思わずオレは頭を抱えてうずくまる。
せめて魔法の名前だけでも思い出したいっ!
 
「えーと・・えーと・・・『ヒカル』?違うな・・・『ピカポン』? 違う違う。」
 
もっと全然違う言葉。

「えーと・・・えと・・・。ク・・・・・ク・・・・・」
 
 
『クラム』
 
 
不意にオレの背後から聞こえた声。
と同時に洞窟内の明るさが強くなる。
 
オレは声のした方へあわてて振り向くが、急に明るくなった周囲に目が慣れていない。
 
ぼんやりと浮かぶのは緑の髪に黒いローブをまとった人影・・
 
「先生・・?」
 
「先生なんて呼ばれる大そうな人間じゃあないわねぇ。 」

影は笑いながらこちらへ歩いてくる。
先生じゃない・・!
 
「誰だ!?」
 
声からすると女みたいだけど・・・
オレは腰の剣を引き抜き身構える。
あと少し、視力の方はまだ戻らない。
 
「あらやだ。助けてあげた恩人に剣を向けるなんてあなたの『先生』はどういう教育をなさったのかしら?」
 
「恩人・・?」
 
「そ。あのねぇ。敵だったらあなたもう死んでるわよ。目、マトモに見えてないんでしょ?
 相手をどうにかしようって考えるならこんなチャンス逃さないわよ。普通。」
 
確かに。言っていることは筋が通ってる。
だけど、この状況で自分は敵じゃないと言われたって信用できるわけない。
オレは剣の構えを崩すことなく相手と一定の距離をとる。
 
「疑り深い子ねぇ。ま、当たり前かっ!あははは。」
 
けらけらと笑いながら、影は手近の岩場へと腰をかける。

「よーし。ここであなたの目が見えるまで座っててあげるわ。
 ね?それなら安心でしょ?
 私もお化粧直ししたいしね〜。」
 
ふんふんと鼻歌交じりになにかゴソゴソと始めたようだ。
ホントに化粧直ししてんのか・・・!?
 
そうこうしているうちに、オレの目はだんだん見えるようになってくる。
岩場に腰掛けているのは黒い厚ぼったいローブをまとった女性だった。


右は伸ばしっぱなしなのに、左側だけ細い三つ編みが結ってある変な髪形。
歳は口元を覆っている薄紫の薄い布のせいで判断しにくいけど、多分オレより全然上、おそらく20代・・・・・後半かな?
 
「20代後半ですって・・・!?」
 
「やばい!声に出てた!?」
 
オレはあわてて自分の口をふさぐ。
黒いローブの女性はすっと立ち上がったかと思うと、突然目の前に現れた。
 
そう。オレの目の前に。
 
「え・・!?」
 
オレは驚きのあまり間の抜けた声が出てしまった。
だって、彼女とオレの距離は少なくとも10メートル以上はあったはずだ。
それをほんの一瞬。オレが瞬きした瞬間に目の前に現れたのだ。
 
「20代後半といったのはこの口か〜〜〜!!」
 
彼女はオレの口を両端からギリギリとひっぱる。
 
「ひててててて!!!!ごべんな゛ざい〜〜!!!」
 
「そうそう。初対面の人間にいきなり年の話をするのは失礼ってもんよ。
 ・・・・ま。だいたい当たってるけどさ。」
 
当たってるんかい!だったらいいじゃないかっ!

思わずいつものようにツッコミそうになったがやめておいた。
だってコイツ、全身から怪しい雰囲気全快だし・・。
 
「なあ、あんたさっき『助けてあげた恩人』って言ってたけど、
 オレをドラゴンから助けてくれたってことか?」
 
「あったりまえじゃない。だからここにいるんでしょ。
 じゃなきゃ他の二人みたいにビスカのところにでも連れて行かれてるんじゃない?今頃。」
 
その言葉にオレは思わず、ローブ女の肩をつかんで問い詰める。
 
「他の二人ってライアとナイツのことか!?ビスカのところってどういうことだよっ!!」
 
「ちょっと、乱暴しないでよ。話すから少し落ち着きなさいって。」
 
彼女はオレの手を簡単に振りほどく。
 一瞬だったけど、女とは思えないすごい力だった。
 
「えーっと・・。どこから話せばいいかしらね。」
 
そういいながら三つ編みを結っていないほうの髪をいじりつつ
 
「まず、あなた達をさらったドラゴンなんだけど、
 あれはこのあたりにアジトを構えてる海賊団の頭領、ビスカの使役竜なの。」
 
「使役竜?」
 
オウム返しに聞き返すオレ。
 
「そう。魔物笛って知ってる?
 ガイディル帝国が開発した物騒なものでね。
 あれがあると対した魔力もないくせに、力を持った魔物を自分の意のままに使役できちゃうのよ。」
 
ガイディル帝国。
記憶力の悪い俺でも忘れられない名前。
軍事国家ってやつで、他の国にケンカを売ろうとしてるとにかく危ない国らしい。
オレもついこの間そこの軍人に殺されかけたことがある。
はっきり言ってあまり思い出したくない名前だった。
 
「海賊団のやつらはそのガイディル帝国が秘密裏に武器商人から買った兵器の輸送をしてるのよ。
 しかもそれだけじゃなく、その見返りとしてガイディル帝国から大量にその「魔物笛」を手に入れてるの。
 おかげで最近は魔物笛を使って悪さをする子悪党が続出しててね。大迷惑。
 私はある施設から海賊退治を依頼されてここにいるわけなのよ。
 はっきりいって依頼料は安いし、その割には手間かかるし、私としても大迷惑。」
 
そういうと彼女は心底面倒くさそうな顔をし、肩をすくめた。
 
「まあ。そんなことはどうでもいいわね。
 で・・ここからが本題。あなたのお友達の話なんだけど・・」
 
「そうだ!二人はどうなったんだよ!?なんでオレだけ助けたんだよ!」
 
オレは再びローブ女に詰め寄る。
 
「だーってしょうがないじゃない。
 私攻撃魔法苦手なんだもん。
 当たったのあなたをつかんでた右手だけだったのよ〜。」
 
「そんな・・・!」
 
この人を責めたってしょうがないのは分かってる。
だけど・・・!
 
「まあ安心しなさいって。言ったでしょ?あのドラゴンはビスカの使役竜だって。
 アナタはお友達を助けたい。私はビスカを捕まえたい。
 どう?これって利害の一致よね?」
 
「まあ・・そうだけど。」
 
「アイツのアジトの場所は
 さっきあなたのお友達をさらってった使役竜の後をつけたおかげでわかったの。
 じゃあ・・あなたのすることは?」
 
「えっと・・・あんたと一緒にビスカのアジトに乗り込む?」
 
「正解!よくできました〜〜!」
 
彼女はポンと手を叩き、オレの頭をぐりぐりなでる。
なんかうまく利用されてる気もするけど・・
この際仕方ない。
あのドラゴンが何処に行ったかなんてオレには分からないし、
ここは彼女の言うことを信じる他はなさそうだ。
 
「それじゃ早速行こう!」
 
「ちょっと待って。」
 
彼女はピッと指を立てにんまり笑い・・
 
「まずはお互い自己紹介しましょ。
 これから一緒にお仕事するんですもの。お互いの事を知らないとね♪」
 
「そんなことしてる場合じゃ・・・!」
 
言葉の途中で、彼女は先ほど出した右手の人差し指をオレの口に押し付ける。
 
「未熟者ね。気持ちはわかるけど、少し冷静になりなさいな。
 周りの状況が見えなくなることは一番危険なことなのよ?これ常識。おわかり?」
 
この人・・先生と同じことを・・・!

そうだった。
さっき自分自身でそのことに肝に銘じたはずなのに
オレはいつの間にかまた冷静さを失っていた。
 
「あ・・・そう・・だよな。ごめん。」
 
オレは素直にペコりと頭を下げる。
どういう経緯にせよ、この人はオレを助けてくれたんだ。
まだ信用していいのかよくわからないけど・・
彼女の行っていることは正しい。
ここは素直に聞くべきだよな。
 
「うんうん。わかればいいのよ。わかれば。」
 
彼女は満足げにオレの頭をぽんぽんと叩く。
 
「私の名前はクラウスよ。職業は剣士。魔法はちょっとかじってるぐらいね。」
 
この人、剣士だったのか。
通りで普通じゃない身のこなしだったわけだ。
それに、厚ぼったいローブのせいで気がつかなかったが、よく見れば腰元に長剣を携えていた。
しっかし女の人が使う割には随分とデカイ剣だな・・・。
まあ・・・オレよりこの人の方が背デカイし、やれなくもないのかも。
 
「いやん。ちょっとー。じろじろ見ないでよ。」
 
クラウスさんに言われ、オレははっとする。
まずい・・。
どうやらオレは彼女のことをじろじろと見回してしまったらしい。
オレは慌てて右手をぶんぶん振り回しつつ

「あ!いや!!ごめんさい!!
 えっと、自己紹介だったよな・・!!オ・・オレは・・」
 
「シュガー、でしょ?」
 
一瞬早く、彼女がオレの名を口に出す。
 
「へ?あ・・はい。」
 
「で・・私と同じで剣で戦うタイプね。
 さっき構えを見たけど、隙だらけっちゃあ隙だらけだったわね。
 でもセンスは悪くないと思うわよ、うん。
 魔法は・・・苦手でしょ?光の魔法さえ知らないんだもんね。」
 
彼女はズバズバとオレのことを言い当てる。
って・・ちょっと待て!なんで名前知ってるんだ!?
 
あっけにとられているオレの様子をみると、彼女はケラケラと笑いだし
 
「あはは〜!その様子だと全部当たり見たいね♪びっくりした?
 だってさっきあなたたちがドラゴンに捕まってるときに名前呼び合ってたの聞いたんだもーん♪
 あなた、シュガーって呼ばれてたでしょ?」
 
年甲斐もなくぶりっ子するクラウス。
・・・おい。
そこまでわかってるんだったらお互い自己紹介しましょうなんて言うなよ!
彼女は何が面白いのか、未だケラケラ笑い続けている。
なんなんだよ・・この女は・・!
 
「あー笑った笑った!・・それじゃ行きましょうか?シュガーちゃん♪」
 
シュガーちゃん・・・?
 
「実はさ、今いる洞窟を抜けてすぐのところにビスカのアジトがあるんだよね。これが。
 てなわけで、ここから先はあんまりお話しちゃだめよ?」
 
そういうと、彼女はパチリっとウインクし、歩き出す。
 
「・・・・・・・・・・・・・・。」
 
言われなくとも話す気なんてまったくない。
 
オレ・・この人苦手だもん。

 

* * * * *

 

がこ・・。
 
長い洞窟をぬけ、重い石の蓋を開けると赤い日差しとともに潮風の臭いに包まれる。
 
「あれー!?ここ・・・・!」
 
外に出ると、つい数時間前に一度見た景色に遭遇する。
海の入り込んだ洞窟、桟橋、魚小屋・・・
そう。クラウスさんに案内された先は、オレが発見したあの海岸洞窟だった。
相変わらず人影はなく、静まり返っていた。
ただ、昼間見たときと唯一違うのは、 辺りがすっかり夕焼け色に染まっていたことだったが。

「さてと。ここがビスカたちのアジトよ。
 そろそろ海賊たちが帰ってくる時間かしらね。」
 
クラウスさんは空を見上げてそう言った。
 
「へ?何でそんなことがわかるの?」
 
意味が分からず問うオレに、クラウスさんは海に沈む夕日を指す。

 「多くの海賊たちは太陽が出ている昼の間にお仕事に行くの。
 夜は海に出ても暗くて動けないから日が沈む前に帰ってくるはずよ。」
 
「なるほどー。」
 
オレはポンと手をうち、納得する。
だから昼間、オレがここに来たときには誰もいなかったってわけだ。
 
クラウスさんは辺りをキョロキョロと見回すと、
魚小屋の隣においてあった大きな木箱に近寄る。
そして中に入っていた果物やら野菜やらを出し、小屋の中に放り投げる。
 
「シュガーちゃーん!こっちこっち〜!」
 
手を振ってオレを呼び寄せる。
 
「さ、この中に入って入って!ここなら二人一緒に入れるから。」
 
言われるままに、オレは木箱に入る。
中は二人一緒に入ってもまだ少し間があるくらいで窮屈ではない。
ただ、先ほどで入っていた野菜や果物の匂いがするが・・。
 
そーいや・・オレ朝から何も食べてないかも・・腹減ったなぁ・・。
 
「ここで海賊たちが戻るまで待機よ。
 私が合図したら、同時に外に飛び出して戦う。OK?」
 
「へーい。」
 
オレは適当に相槌を打つ。
あーあ・・やっぱ戦うのかぁ・・。
そりゃ二人を助けるためなんだからしょうがないけどさ・・。
 
・・・・・・ってちょっと待てよ・・。
オレはある疑問が浮かぶ。
 
「あのさ、だったら海賊たちが戻ってくる前にアジトに入ったほうがいいんじゃないのか?」
 
「それじゃ意味ないの。」
 
オレの提案はいともあっさりと否定される。
 
「だって、その多くの海賊の中に『ビスカ』も入ってるんですもの。
 彼がいなきゃアジトに入ったって意味がないわ。やっつけられないもの。」
 
「ああ・・そっか。なら仕方ないか。」

オレは納得し、沈黙する。
 
 
・・・・・・・・ん?
 
 
「いや、それってあんたの事情じゃないのか?
 オレは二人を助けたいだけなんだから、むしろ誰もいないほうが・・・」
 
「あ!!帰ってきたわよ!!」
 
彼女が突然あげた声に、オレの台詞はかき消される。
と同時に遠くから聞こえてくる人の声。
木箱の隙間から覗けば、大きな船が3隻、こちらに向かってやってきた。
 
あああ!!もう帰ってきちゃったのか・・!!
しまった〜〜!!さっさとオレだけでも中に入ればよかった・・・!!
 
オレは激しく後悔するが、もう遅い。
すでに船は着岸し、
中からはいかにも体鍛えてますっ!といわんばかりの男たちが大勢降りてくる。
ああ・・ガラが悪い・・・。
あんなやつらとケンカするのか・・。オレ・・生き残れるのか・・?
 
「そろそろ行くわよ?準備いい?」
 
クラウスさんは小声でオレに声をかける。
よくないっ!心の準備がっ!!!
そりゃあんたは自信ありそうだし、プロなのかもしれないけど
いきなりコレはキツイだろ・・!!
何せ数が多すぎる・・!
オレだって多少魔物と戦ったことはあるけど、こんなに数が多くなかったし
それに・・・
 
仲間がいた。
 
そうだ。わがままで、自由で、頼りないところもあるけど仲間がいたから・・。
 
そんなオレの心を察したのか、クラウスさんはクスリと笑って
 
「あらあら。もしかしてシュガーちゃんコワイのかしら?」
 
「だったらどうだっていうんだよ。」
 
オレは否定しない。
こんなところで見え張ったって仕方ないし。
 
「あら素直。
 そうね〜。アドバイス的なこと言わせてもらうと、「目をしっかりあけてなさい。」かしら?」
 
そういうと、彼女はにっこり笑って自分の目を指す。
 
「目・・?」
 
「そ。相手の動きをちゃんと見るの。
 少しでも動きが見えるってことはそいつとは戦えるレベルだってこと。
 全然見えないのはもうレベル違いもいいとこね。
 そんなやつと無理して『やけくそ』で戦うのは一番よくないわ。
 たとえもしそれでたまたま勝てたとしたって『運』じゃ経験にはならないわ。
 もう一度同じような相手と出会ったときに生かせないでしょ?
 危ないと思ったら無理せず一度退却して作戦を練り直すってのも一つの戦法ね。
 かっこつけて命張っても『あいつは立派だった・・!』
 とかなんとか他人に言われるだけで、死んだらそこでおしまい。結局自分には何にも残らないわよ。」
 
「・・はい。」
 
思わず敬語になってしまった。
 
この人はよくわらからん。
ふざけてへらへらしてるけど、いきなりマトモなこと言うし・・。

「あははー。なーんてねー。これ人の受け売り。
 ジーンときた?心に響いちゃった!?」
 
そう言って彼女はけらけらとまた笑い出す。
ホントよく分からない人だなぁ・・
 
その時・・!
 
「誰だ!?」
 
突然オレたちの上にあった木箱の蓋が開けられる。
そこには数人の海賊たち・・・!
 
「あら。いやーん見つかっちゃったv」
 
クラウスさんはえへvっとぶりっ子をする。
アンタの笑い声せいだ!アンタの!!!
 
「女とガキ・・・!?
 へっ・・・!びっくりさせやがって。
 てっきりオレたちを仕留めにきた賞金稼ぎかと思ったぜ。」
 
海賊の一人がそう言って笑うと、他の海賊たちも笑い出す。
 
「女とガキがこんなとこで何してたんだ?
 え?俺たちにわざわざ売られに来ましたってかー?
 ぎゃはははは!」
 
売る・・・?
こいつら、人身売買とかまでに手を出してんのか・・・!?
 
海賊の放ったその言葉にクラウスさんがピクリとする。
 
「そんなに面白い?」
 
「あん?」
 
海賊なかでも一際体のデカイ男がクラウスさんに近づく。
 
「いやー。人売ったりすることのどこか楽しいのかなぁーって。
 ていうか?クソ野郎、黙れ。って感じ?」
 
クラウスさんは相変わらずへらへら笑っているが
何か今までと違う・・。
 
「随分威勢かいいねぇ、ねーちゃん?
 あん?実は私は賞金稼ぎで、
 俺たちをぶっ殺して賞金いただきます!
 とかつまらん冗談いうつもりじゃねーよなぁ?」
 
にやにやと笑いながらクラウスさんの肩をつかむ。
その瞬間!
クラウスさんはその手を振り払い、そのまま大男の首をつかみ持ち上げた。
片手一本で・・・!
 
「な?な?な?」
 
大男は驚き足をバタつかせる。
必死に逃れようとするものの、クラウスさんはびくともしない。
 
 
「やあねぇ。私は賞金稼ぎなんかじゃないわよ。
 私は・・・。」

 クラウスさんが纏っていたローブを脱ぎ捨てる。
 
え゛・・・・・・・?

 
「トレジャーハンター『マキシム』!クラウス・ゼファーだっ!!」
 
 
そう叫んで飛び出したクラウスさんの声は今まで聞いていた声とは明らかに違った。 


オレは驚きでその場に固まる。 

ローブを脱ぎ捨てたクラウスさんは防具は胸当てだけのいたって動きやすい服装で・・
 
しかしオレが驚いたのはそんなことじゃない!
だって・・クラウスさんの体は細いが、筋肉質で・・
 
そして、さっき聞いた声はどう聞いたって男の声で・・



 
「これ、いらない。」
 
片手で持っていた大男を近くにいた海賊たちにひょいと投げつける。
 
「うわあああ!」
 
数人がまとめて下敷きとなる。
 
そしてそのまま、クラウスさんはくるりとジャンプし、海賊たちの中心に降り立つ。
手にはいつのまにか剣が握られていて、まるで踊りでも踊っているかのように次々と海賊たちを倒していく。
 
そのあまりの強さに、オレはあっけにとられる。
 
しばらく呆けていたが、はっと気がつき・・
 
 
「ていうかあの人・・・男だったのかぁああああ!!!」
 
オレは絶叫する。
しかもトレジャーハンターって・・・マキシムって・・・!!!!

トレジャーハンターにはランクがある。
「ミニマム」から始まって、「アベージ」、「クール」、「マキシム」。
ランクを上げるためにはトレジャーギルドから信頼を得なければならない。
特にランク最高の『マキシム』級は滅多になれないと聞いたことある。

ちなみにトレジャーギルドといえば世間一般的には「なんでも屋」だ。
各地を飛び回り、常に危険な場所に出入りするトレジャーハンターたちは腕の立つものが多い。だから、ギルドが紹介する依頼の中には「未知の洞窟の調査」や「古代遺跡の発掘」という、いかにもトレジャーハンターといったものもあるけど、中には賞金稼ぎみたいな仕事もあるのだ。
 
そう。まさに今クラウスさんが受けていた「海賊退治」なんていう危険な仕事も・・。
 
「お・・・おい。
 トレジャーハンターのマキシムってめちゃめちゃ強いやつのこと言うんだよな・・!?」
 
「ばか!だからアイツ強いじゃねーか!!!」
 
「やべぇよ・・!やべぇって・・!!!」
 
海賊の数は40近くいたというのに、あっという間にその数は半分以下となっていた。
クラウスさんの力に海賊たちはおびえだし、次第に抵抗しなくなってくる。
中にはすっかり腰の抜けたやつまでいて・・
 
なんかオレ・・。特に出番ないんだけど。
いや!なくて大変ありがたいんですがっ!!
 
そのとき、海賊の一人が洞窟の入り口に向かって走り出し・・
 
「お・・・おれ・・・お頭に知らせくるーーー!!!」
 
その言葉にクラウスさんの動きがぴたりと止まった。
 
「え・・・・。
 あれ?この中にビスカってやついないわけ?」
 
今まさに、トドメを刺そうとしていた海賊に聞く。
 
「え?ああ・・・はい!
 最近・・お頭は事務作業が忙しくて、船にはあまり乗ることがねぇんです。」
 
ぶるぶると震えながら答える海賊その1
 
「マジで!?」
 
その答えに、大声で反応するクラウスさん。
そして剣を向けたまま、頭をぽりぽりとかきつつ
 
「やっべー。俺勘違いしてたっぽいわ。
 おっかしーなぁ。海賊のお頭って船長じゃねぇの?常に船乗ってるもんでしょーが。」
 
「そ・・・そう言われても・・・・。」
 
クラウスさんは片手は剣を構えたまま、その場で考え込む。
 
その時、丁度クラウスさんの真後ろにいた海賊がクラウスさんに切りかかる!
 
危ないっ!!!
 
が・・・クラウスさんはそのままクルリと回転し、一閃。あっさりと切り伏せる。
後ろに目があるのかこの人・・・・!?
 
周りの海賊たちはその光景に完全に戦意をなくし。へたり込む。
クラウスさんは何かを思いついたかのように突然顔をあげるとオレに向かって手を振る。
 
「おーい!シュガーちゃーん!
 俺、ちょっと中入ってビスカやっつけてくるわー。
 てことで、ここでお別れってことで!」
 
そう言って剣を鞘におさめると、洞窟の入り口に向かって走り出す。
 
「え!?え!?お別れって・・!ちょっとー!!」

オレはあわててクラウスさんのあとを追いかける。
 
「安心しろって!もしお友達見つけたら、お前が探してるって言っといてやっから!」
 
いや!そういう問題じゃなくて!!
クラウスさんはちゃっと右手を挙げ、爽やかな笑顔を浮かべるとあっという間に洞窟の中に姿を消してしまった。

入り口の前でオレはぽつりと取り残される。
 
って・・・すんごい嫌な予感がするんですが・・・・
 
「随分ヒドイお仲間だなぁ?おい。
 お前さん一人残してよぉ・・。」
 
後ろをみれば、そこにはずらりと並んだ海賊たち。
 
「え・・・えっとー。
 オレは無関係ってわけにはいかないかな?
 ほら!別にオレ、あんたたちに何もしてないよ!?」
 
出来る限りの爽やかな笑顔で海賊たちに語りかけるが・・
 
「行くわけねぇだろーーーー!!!」
 
まるでタイミングを合わせたかのように、海賊たちは声をそろえてオレに向かって襲い掛かる。
 
「ですよねーー!!」
 
オレは全力で走り出す!
周りを囲まれ、唯一の退路は海賊たちのアジトの入り口しかない!
 
くっそー!すこしでもクラウスさんのことをカッコイイと思ってしまった自分が憎いっ!!!
やっぱりあの人は信用ならんー!!!
 
こうして、オレは海賊のアジトへと乗り込む(?)こととなったのだった。
 

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