■エピローグ■

 

― ルーン魔法学校
 
午後の授業も終わり、エスト・ゼファーは自分の執務室に帰ってきた。
左手には教室から帰ってくる途中に寄ってきた給湯室で自ら入れてきたコーヒーを持ち、もう片方の手には明日の授業に使うための資料の本を数冊かかえている。


 


「ちょっと無理したかな。」
 
不安定な荷物を机の上にどさりと置き、コーヒーを飲みつつ机をさぐる。
 
どこにいったろうか?
 
彼は授業に行く前に受け取った手紙を探す。
差出人はこの前の卒業式に出ることの出来なかった自分の教え子。
 
今エストが担当しているのは今年の春から入ってきた一年生だ。
全寮制のルーンでは親から離れて初めて暮らす子も多く、一年生はこれから自分が教わることへの希望とともに、未知の生活への不安を抱えて精神が不安定な子も多い。
それにくらべて・・
 
そういえばあの子たちはずっと変わらなかったなぁ・・。
多少は気が強くなったり、おとなしくなったりしたけど・・。
 
エストは一人微笑む。
 
そうそう・・最初にあの子達と会ったのは――


 
トントン

 
ノックの音に、エストは思い出から呼び戻される。
 
「エストーいるー?」
 
聞きなれた女性の声。
 
「開いてるよ。」
 
エストがそう答えると、執務室の扉を開け、金髪の女性が入ってきた。
彼の古くからの友人、元旅の相棒。今はこのルーン魔法学校の同僚でもあるエルーダだ。

「ねえ、ミルクちゃん知らない?」
 
「ミルク?」
 
ミルクとはプルチドラゴンの子供のことだ。
プルチドラゴンは希少種のため、学校以外で飼うことは許されていない。
そのため、もともとミルクの飼い主だった教え子が旅立つ前にエストに預けていったのだった。
 
「その辺りにいないか?俺が授業に行くまではそこで遊んでたけど・・。」
 
「えー?いないわよー?
せっかくミルクちゃんを元気つけようと思ってイケメンくんのスケッチいっぱいしてきたのにー。」
 
エルーダはぴらぴらと持っていたスケッチブックをめくる。
 
「イケメンくんのスケッチ・・・?」
 
「そう!ほらー。ミルクちゃん、ナイツくんに置いて行かれて毎日泣きはらしてたでしょ?
あの子、人間のカッコいい男の子が好きみたいだから。校内のイケメンくんを見繕って写生して来たのよ♪どうー?上手い?」
 
にこにこ笑いながらエストにスケッチブックを見せる。
そこには人間なのか、魔物なのか・・よく分からない物体が描かれていた。
 
「イケメン・・・ねぇ・・。俺にはよくわからないな。」
 
感想を上手くはぐらかし、再びエストは机に戻り、探し物を始める。
 
「何か探してるの?」
 
「ああ。シュガーたちからの手紙が来ててさ。授業が終わったら読もうと思ってここに・・。」
 
「へえ・・シュガーくんたちから!私も読みたいなぁ。」
 
エルーダは自らも手紙を探そうと、視線を部屋の床へと落とす。
しかし・・その床の上には魔導書やら、書きかけの論文やらミルクの遊び道具やらが散乱し、散らかっていた。
 
「エスト・・・汚い・・。」
 
「いやぁ・・ちょっと最近忙しくて・・。そんなことより、その辺りにないか?手紙。」
 
エストは苦笑いを浮かべる。
部屋が汚くなった理由はもう一つある。
もともと彼はそんなにしっかりとした人間ではない。
しかし、仕事上ちゃんとした振る舞いをしなければ生徒に示しがつかない。
言葉遣いだってこの仕事をするようになってからは気をつけるようになった。
今は、部屋にいるのが昔なじみのエルーダだけということもあって少々砕けているようだが。
部屋の整理も、ほんの一ヶ月前まではしっかりしていた。
それは補習の常連だった少年がしょっちゅう出入りしていたからだ。
幸い、今担当している一年生はまだ授業も始まったばかりということもあり、皆一生懸命なのだろう。
この部屋に補習を受けに来る子供はいない。
そのことにエルーダは気づいていたが、特に口に出すことはなかった。
 
「もう・・。適当に片付けちゃうわよー?」
 
「悪いね・・。」
 
まあ、こうやってこの男の世話をするのも悪くない。
口では文句を言いつつも、エルーダはいそいそと部屋の中を片付け始める。
 
「あら・・。」
 
エルーダは床に転がっていたミルクの遊び道具の下から封の切れた手紙を見つける。
 
「エストー。これ?」
 
エルーダは見つけた手紙をエストに渡す。
 
「ああ。それそれ!・・・あれ?」
 
「どうしたの?」
 
「封が切れてる。」
 
おかしい。事務のおばちゃんから受け取って封をあけずに机の上に置いて授業に行ったはずだ。
なのに、落ちていた場所は床の下で、しかも封が切れている。
 
「エストが開けたんじゃないの?あ、あたしは開けてないわよ!?」
 
「わかってるよ。」
 
エストは部屋をぐるりと見回す。
すると、窓が少しだけ開いていることに気が付く。
 
「窓・・・開けていったか・・?」
 
封の切れたシュガーたちの手紙、遊びっぱなしのミルクのおもちゃ・・・
 
「しまったっ!?ミルク!」
 
「え?どうしたの!?」
 
突然大声を上げたエストに、エルーダは驚く。
 
「うかつだった・・!ミルクがこの手紙を読んだらしい・・!
そうだ。あの子は頭のいい子だ。人間の文字だって読めたっておかしくない!」
 
「どういうこと・・?」
 
意味が分からず、眉をひそめるエルーダ。
 
「最悪だよ・・。ミルクがシュガーたちを追いかけて外に出た・・。」
 
「ええええ!?」
 
希少種のプルチドラゴンなんて金儲けに目がない悪党の格好の獲物じゃないか。
エストは自分の犯した失態に頭を抱えるのだった。

 


To Be Continued・・・?

 


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